八千代リハビリテーション学院

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ヤチリハのブログ

奥田裕先生の活動報告 vol.5

チリの医療について

 

八千代リハビリテーション学院の皆さん、入学を希望している方、こんにちは。

理学療法学科教員現在休職中で、JICA青年海外協力隊としてチリで活動している奥田です。

 

5回目の今回は、チリの医療についてまとめてみました。実はこれをまとめるのにはかなりの時間を要し、多くの人の協力をもらいながら情報収集しました。入学希望の高校生やまだ保険制度などについて詳しく習っていない1年生には少し難しい内容になってしまうかもしれません。

 

 チリの医療保険制度について、チリの医療施設について、チリのリハビリテーションについて、チリの理学療法士について、チリの理学療法士以外の他職種について、と話をしていきます。

 

まず、医療保険に関してです。

チリの医療保険は政府管掌保険のFONASA(Fondo Nacional de Salud)と民間保険のISAPLE(Instituciones de Salud Previsional)2種類があります。チリは国民皆保険ではありませんが、国民の95%以上は何らかの医療保険に加入しているそうです。そのうちFONASA76%ISAPLE17%、他軍人医療保険等も利用しているとのことです。FONASAは収入によって、A;無収入、B;月収約5万円以下、C;月収約5万円~約8万円、D;月収約8万円以上と4段階に分かれています。加入者は月収の7%を支払い保険を利用することができます

(https://fonasaweb.fonasa.cl/portal_fonasa/site/edic/base/port/asegurados.html)

A,Bの人は公立病院で無料で診察を受けることができます。そのうちAの人は私立病院では保険を使用することができず、私立病院を受診する際は全額負担になります。Bの人は私立病院を受診する際にボーノという金券を購入する必要はありますが、それ以上の支払いはせずに私立病院も受診することができます。Cの人は診療費の10%Dの人は診療費の20%を支払います。C,Dの人は受ける診療によってかかる医療費が莫大になるため、民間保険のISAPLEに加入している人が多いということです。

 

 

 次にチリの医療機関に関してです。チリの医療機関を大きく分けると診療所、公立病院、私立病院の3つに分けることができます。

 

 まず、診療所についてです。私の配属先のウアラニェ市にはポスタしかありませんが、他の地域ではセスファムCESFAM(centro de salud familiar)と呼ばれる大きな診療所がある地域もあります。ポスタは市の健康課(Departomento salud)が運営し、診療費は無料です。CESFAMも同様に市が運営し無料です。ウアラニェ市には3つのポスタがあります。ポスタは場所によって規模、人員等が異なります。一つのポスタは、私が訪問した時にはテクニコエンフェルメーラ(日本の准看護師?)一人が勤務していました。そのポスタは医師が週2回、看護師週1回、理学療法士週1回、産婦人科医週1回、臨床心理士週1回、歯科医師週1回、それぞれ勤務するそうです。もう一つのポスタは私が見学した日には、医師、歯科医師、歯科助手、栄養士、社会福祉士、産婦人科医、薬剤師、看護師、看護助手、臨床心理士、事務が働いていました。ポスタの位置づけとしては、町の中心部というより郊外に設置しているため、病院に行くのが困難な地域に住んでいる人たちが一時利用のために使用している印象です。ポスタでの対応が困難な場合は病院へ搬送されます。

 

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写真:この日は理学療法士の体調が悪くテクニコエンフェルメーラに相談し注射を打ってもらっていました

 

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写真:ポスタ外観。手前にいるのが理学療法士。

 

次に公立の病院についてです。病院によって異なりますが、県や州、国の健康課が運営しています。先に述べたように公立の病院は、政府管掌保険のFONASAを使用することができます。そのため、収入の少ない人はFONASAを使用することで無料で診療を受けることができます。また、救急診療に関しては保険の種類に関わらず無料で診療を受けることができます。しかし問題も多く、日本の病院と同様に待ち時間が長く、緊急を要するような処置もすぐに受けることが出来ないようなことがあるようです。また、ウアラニェ市にはウアラニェ病院(Hospital chileno Japonés Hualañe)の一つしか病院がありませんが、総合診療科のみで、専門医が勤務していません。そのため専門的な診療を受けるためには他の市の私立病院に行く必要があります。先にも述べたようにFONASAAの人に関しては、私立病院を受診する際には全額を負担しなければならず、それを支払うことがができずに、必要な医療を受けることができない人も生じてきます。

 

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写真:チリ人日本人ウアラニェ病院。2010年の大きな地震で病院が崩壊した時に日本からも立て直しの援助金が送られた為、病院名に日本という名前が入っているそうです。

 

最後に私立の病院についてです。チリの私立の病院では先進国と変わらない診療を受けることが出来るそうです。しかし、ウアラニェ市のような小さな街には私立病院がなく、大きな都市にしか私立病院はありません。そのため、小さい街から私立病院を受診するためには、受診にかかる料金の問題の他に長距離移動という問題も生じてきます。私も足を怪我したことがあり、その際一度私立病院の整形外科専門医を受診したかったのですが、首都のサンティアゴの病院に行くためにはバスを乗り継いで約4時間半の移動が必要になるため、痛みのため1時間も座っていられなかった自分は専門医の受診を諦めざるを得ませんでした。

 

 続いて、チリのリハビリテーション状況に関して説明します。チリには日本のようなリハビリテーション病院はありません。JICAシニアボランティアが活動している「チリ国立身体障害者リハビリテーション病院研究所」という施設が首都のサンティアゴにありますが、入院は25歳までで、大人の障がい者も利用可能ですが通所のみの対応となっています。この施設は障がい者の社会参加を目指した活動をスポーツなどを通して行っています。また、他にテレトンの病院がありますが、このテレトンの病院は小児のみを対象としています。テレトンは、日本の「24時間テレビ」のようなテレビのチャリティで集めた募金で運営しており、チリ国内に13の病院を持っています。日本のチャリティ番組と比べ規模が大きく、国中を挙げて募金をしているため2016年は32,040,179,847ペソ、日本円にして約50億円以上もの寄付金が集まっています。

(http://www.teleton.cl/noticias/teleton-agradece-al-pais-por-sumarse-al-abrazo-de-chile/)

人口約1万人のウアラニェ市だけでも40,598,358ペソ、日本円で約800万円も集めています。ちなみに日本の24時間テレビの2016年の寄付金総額は887,482,001円とのことなので、チリのテレトンの寄付金のすごさがわかると思います。

(http://www.24hourtv.or.jp/total/)

こんなに集まるのであれば小児の病院だけではなくもっと障がい者全体にお金を使うことができないのだろうかと思ってしまうのは私だけでしょうか。ウアラニェ市にはテレトンの病院がないため、通うにはバスで1時間半くらいかけてタルカ市のテレトンの病院まで行かなければなりません。一度タルカのテレトン病院に見学に行きましたが、入院は扱っておらず、全て外来にて対応をしていました。また、前述したように小児しか対応していないため、例えば脳卒中患者では、救急病院を退院するとそのまま自宅生活になります。救急病院でも理学療法を含め動作練習はしておらず、もちろん退院後の生活についての家族指導などはほぼ皆無です。退院後の家族任せという状況で、ほとんどの方は退院時の状況で、その後の生活が決まってくるような状況です。また、私はチリで脳卒中の方が装具を使用して歩いているところを一度も見たことがありません。杖や歩行器などは市役所や病院から無料で貸し出しをしていますが、種類は少なく非常に古いものがほとんどです。装具に関しては、現在既製のプラスチック短下肢装具がチリでも売られているということを発見することができたので、これを使用して少しずつウアラニェの患者で試していきたいと思っています。

 

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写真:任地へ配属される前に見学に行った時の写真。この日は車椅子バスケットやボッチャというスポーツを体験しました。

 

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写真:市長がテレビでウアラニェの寄付金総額を発表しているところです。市長、市役所も協力して募金を集めます。

 

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写真:テレトンのタルカ病院。治療用プールもあり、設備が整っています。

 

次に、チリの理学療法士に関して説明します。チリの理学療法士の就業年数は5年間となっています。最終学年の1年間は実習を行います。理学療法士は国家資格ですが試験は国家試験ではなく各大学で実施し、大学での試験合格によって国家資格を得ることができます。チリでは理学療法士のことを他のスペイン語圏の国とは異なり「fisioterapeuta;フィシオテラペウタ」ではなく「kinesiologo;キネシオロゴ」(女性はkinesiologa;キネシオロガ)と呼びます。日本語に直訳すると「運動科学者」あるいは「運動専門士」ですかね。「理学療法士」よりもわかりやすい気もします。チリの理学療法士の治療は物理療法が主であまり徒手的な介入をしないようです。病院によっては実習に来ている学生が患者の対応をしていて理学療法士はパソコンの前に一日中座っているということもあるそうです。高学歴だから汗水垂らして働かなくても生活ができるというのが一種のステータスのようになっているような印象も受けます。私が何名か出会った理学療法士で熱心な理学療法士には「お前は何の手技のテーピングをやっているんだ?」と聞かれました。どんな手技のテーピングって言われても・・・と思いますが、チリでは流行りなのか学校教育の主流なのか、キネシオテーピングを使用することが多いようです。市内の薬局やスポーツ用品店にも、カラフルなキネシオテープは売っていますが、ハードタイプのテーピングは少なく値段も高いです。チリの理学療法士はダイレクトアクセスはできませんが、開業はできます。一度ウアラニェ市に開業をしている理学療法士がいるので見学に行きましたが、そこには看護師が常駐し受付、診療を行ない、医師の診察室が2つあり医師が訪問して診察をし、他にも臨床心理士が訪問するときもあるようです。彼はウアラニェの病院にも勤務しており、病院と連携しながら診療することができます。処方箋をもらって薬を薬局でもらう感覚で、指示書を医師からもらって開業している理学療法士のところに行って理学療法を受ける形態です。ダイレクトアクセスができなくても医師の指示があれば理学療法士として自分の診療所で診療ができるというこの形態は日本でも理想的な形態ではないかと思います。せめてこの形態での開業が日本でも可能になればと思うばかりです。また、チリでは理学療法士が学校専属で働いています。私は週に1回小学校の理学療法士と一緒に小児の理学療法を実施していますが、学校の理学療法士は学校に通う障がい児への理学療法を個別で行う他、怪我をした子供の対応なども行います。学校に理学療法士が配属されているのも日本では実施されていないと思うので、日本でも学校専属の理学療法士制度が実施できれば良いと思います。チリには8219(2013年情報)の理学療法士がいますが、5年間大学に通って免許をとっても求人が少なく正規雇用として理学療法士として働けない人が非常に多くいるとのことです。ウアラニェ市で正式に雇われているのは、私が知る限り病院に3(うち1名は前述した開業している理学療法士)、ポスタで働くために市で雇われている人が1名、エスクエラ(小中学校)1名、リセオ(高校)1名です。その他の病院等で働くことができない多くの理学療法士は個人開業という形で個人的に患者を受け入れつつ、他の仕事もやっていることが多いようです。それでも個人開業で生活できるくらいは収入を得ることもできるため、理学療法士になる人は多いようです。チリで驚いたことの一つに乳幼児の排痰を理学療法士が行うということです。これは障がい児に限らず、例えば風邪をひいて痰がからんでいるような子供に対しても理学療法士が訪問し、排痰をします。理学療法士が生活をするために勝ち取った収入源の一つなのかとも捉えることができます。私が「そんなの家族指導をすればよいじゃないか」と言ったところ、とてもひどいことを言ったように非難されてしまいました。チリの理学療法士は5年間勉強しているということもあり、基本的知識は十分にありますが、反面とてもプライドが高いようにも思います。これは良い意味でも悪い意味でもありますが、この自信は少しは日本人も見習ってもよいのではないかと思うこともあります。しかし、そのプライドのためなのか、卒後あまり勉強をしていない印象を受けます。残念ながら、日本で開催されているような長期コースの勉強会を受講するためには、隣のアルゼンチンかあるいはアメリカ、ヨーロッパ等に行かないと受講できないというようなことも原因だと思います。テレトンの病院見学に行った時に、ボバースとボイタ(治療手技)を勉強したという理学療法士に会いましたが、チリ国外でコースを受講したということでした。チリで唯一に近い形で開かれる勉強会がキネシオテーピングの勉強会らしいです。今後チリでの講習会等も徐々に増えてくればと期待しています。

ダイレクトアクセス=医師の診療なしに、直接理学療法士が診察すること。

 

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写真:開業している理学療法士の「キネラボ」。超音波で治療中。

 

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写真:学校の理学療法士の治療室。体育の授業で手首を痛めたということで来室した学生にテーピングをしているところ。傷の処置なども行います。

 

チリのリハビリテーションの問題として、理学療法士は十分に存在し、知識技術レベルも低くないのに必要としている人が利用できていないということです。私は今JICAボランティアとしてチリのウアラニェ市というところで活動していますが、私が頑張れば頑張るほどウアラニェで活動している他の個人開業の理学療法士の仕事を奪ってしまっているのではないかと思うこともあり、自分の活動に疑問を感じてしまうこともあります。私が活動していて思うことは、チリの患者が安心して自宅に帰ることができるように、またチリの理学療法士がもっと活躍できるように、日本のようなリハビリテーション病院があり、急性期病院と地域との懸け橋となって機能すればと良いと思います。

 

 最後に他職種に関してです。まず、作業療法士の数は非常に少なく、ウアラニェ市では作業療法士は働いていません。その代わりかどうかはわかりませんが臨床心理士をよく見ます。臨床心理士は市役所や病院で理学療法士よりも多く勤務しています。また、言語聴覚士は病院の他に、各学校に必ず言語聴覚士が勤務しています。障がいを持った子供に限らず、スペイン語を話すのが拙劣な子供に対しても関わっているようです。

 

以上、チリの医療事情についてまとめさせていただきました。情報源が、人に話を聞いたり、インターネットで調べたり、自らの体験からだったりするので、若干事実と異なるか、私の任地であるウアラニェ市特有の問題点のところもあるかもしれません。

 

過去の私の活動報告

活動報告4:チリの食生活について

http://www.yachiyo-reha.jp/blog/学院の特徴と紹介/6027

活動報告3:チリでの活動について

http://www.yachiyo-reha.jp/blog/学院の特徴と紹介/5920

活動報告2:派遣前訓練について

http://www.yachiyo-reha.jp/blog/学院の特徴と紹介/5751

活動報告1:JICA青年海外協力隊について

http://www.yachiyo-reha.jp/blog/学院の特徴と紹介/5651

 


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