奥田裕先生の活動報告 vol.6

理学療法士としての活動報告 訪問理学療法

 

八千代リハビリテーション学院の皆さん、八千代リハビリテーション学院入学を希望している皆さん、こんにちは。理学療法学科教員で現在休職中、JICA青年海外協力隊としてチリで活動している奥田です。

20168月に任地に配属されたので、任地に来て1年が経過しました。1年経過すると、最初は物珍しかったことなども、「当たり前」のように感じてしまい、日本の生活と比べると「非日常」であった生活が「日常」になってきている自分に気が付きます。若干「日本シック」になりつつあります(^^;。日本の美味しいご飯が食べたい!!

 

今回から、少しずつチリでの活動の詳細を紹介していこうと思います。

私の大まかな活動報告は「活動報告3」で紹介しましたが、配属先は、チリのウアラニェ市という市の市役所です。主な目的は、高齢者を中心とした市民に対する健康増進、障がい予防です。

病院で患者さんを待って他の理学療法士と一緒に働きながら行うような活動ではないため、最初は戸惑いもありましたが、その分自由度も大きく、自分の動き方次第で様々な形で活動ができる面白さもあります。

 

今回は、活動の一つである「訪問理学療法」を紹介します。

20178月現在、週9回、8(1名のみ週2回訪問)のご自宅へ訪問し、個別の理学療法を実施しています。前回の「活動報告5」でも少し紹介したように、チリの医療は急性期病院から在宅医療への引き継ぎのシステムが十分に整っていません。訪問理学療法の開始に関しては、日本のように「ケアマネージャーから依頼があって・・」などの制度はありません。私が担当している方は、家族が困って市役所に相談に来た、周辺住民が市役所職員に相談に来た、家族が町でたまたま私を見かけて相談しに来た、などによって開始しています。私をたまたま見かけて相談となると、奇跡に近いですよね・・・。

 

4名の方について具体的に紹介します。

1人目は、60代の女性。脳梗塞で急性期病院に入院し、その後自宅へ退院。退院から約2か月後に親戚からの依頼があって訪問開始。チリでの訪問では、移動手段が大きな問題になりますが、この方の家は私の事務所から車で約30分かかるところを、親戚の方が毎回私の送り迎えをしてくれました。

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この方に車で送ってもらっていました。実は学校でスペイン語の教師をされていて、たまに車の中でスペイン語を教わっていました

訪問理学療法開始前にも家族が身体を動かしていたとのことで、訪問時、物につかまれば立ち上がりは可能、歩行器使用で少し介助すれば歩行可能な状態でした。

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訪問理学療法開始前くらいの歩行場面

左上下肢に麻痺はあったものの軽度で、両下肢体幹の筋力低下あり。週1回の訪問理学療法では、下肢筋力トレーニングを中心とした自主トレ指導と、その確認を主に実施しました。

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自主トレ確認中。写真は片足立ちを確認しています

この方の良かったところは、家族が非常に優しく理解のある方で、しっかりと日々の自主トレの確認をしてくれたところです。また、自主トレに限らず、できることをどんどんご自分でやらせるようになり、気が付いたら料理もされていました。

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突然家で料理もやってるよ、と言われて驚きました

約半年間訪問し、屋外歩行もほぼ自立したのを機に訪問理学療法終了となりました。

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屋外歩行場面。近所のミニスーパーまで歩いていけるようになりました

 

2人目は、70代の男性。脳梗塞で急性期病院に入院し、その後自宅へ退院。自宅退院後約3カ月間ほぼ寝たきり状態。

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訪問開始時はほぼ寝たきりでした

この方は奥さんと二人暮らしで、いわゆる老々介護の家庭です。退院後3ヶ月時に、私がよく通っている福祉用具屋のおばちゃんからたまたま紹介され訪問理学療法開始となりました。初回訪問時、右上肢の麻痺は重いものの、右下肢の麻痺は比較的軽い。しかし、3カ月の寝たきり状態によって、筋力・体力低下が著しい。寝返り起き上がりにも軽介助を要し、立ち上がりには多くの介助を要しました。

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訪問開始時のベッドからポータブルトイレへの介助指導場面

この方の家は徒歩で訪問でき、状況から週2回の訪問を実施しています。この方も自主トレ指導と確認を中心に実施しています。最初は寝返り起き上がりを中心に、徐々に立ち上がりや立位での下肢筋力トレーニングを混ぜ、少しずつ奥さんとの歩行練習をして、奥さんとの歩行練習も私がいない時にも自主トレとして実施してもらうようにしました。

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奥さんとの歩行練習場面

現在は、食堂まで奥さんと歩き、食堂で食事をとることができるようになっています。

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食堂でご飯が食べられるようになりました。写真を撮っているので、ご本人は緊張された顔をしています

3カ月の時点でたまたま福祉用具屋のおばちゃんの紹介がなかったら、今頃おそらく寝たきり生活が続いていたんだろうなと思うと、少し怖い気がします。

 

3人目は稀なケースです。60代の脳梗塞の女性で、約4年前に発症しています。3年程前からある介護士(しかし無資格)が自宅で介護するようになってから、状況がずいぶん変わったとのことです。その方が来る前まではほぼ寝たきりでおむつを使用していました。その方が担当するようになって、なるべく離床時間を増やし、歩行練習や階段昇降練習なども行うようになり、現在階段を降りてトイレまで行くことができるまでになったようです。

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この介護士の方が優しくも厳しく毎日歩行練習などを行って、トイレが使えるようになったよと教えてくれているところ

今週訪問した時には屋外歩行も行うことができるようになっていました。

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階段昇降はご自分で可能、屋外歩行も見守りで可能になっています

私への依頼も、たまたま他の方の訪問に行くのにタクシーを使う機会があり、そこで一緒にその介護士と乗り合わせたのがきっかけで相談され、その方の訪問理学療法が開始しました。

チリでは有資格、無資格の介護士を在宅で見かけることがありますが、ほとんどの介護士はリハビリテーションを理解していません。「かわいそう」という言葉とともに、「寝かせきり」にしていることが殆どです。私が介助指導や離床のお願い等をしてもあまり聞く耳を持っていない人が多いです。この3人目の介護士のような方がもっと増えてくれば良いと思います。

 

4人目は成人男性です。もともと小児麻痺で、依然はテレトンの病院(活動報告5参照)に通い、学校も特別学級に通っていました。しかし、チリでは成人障がい者が通える施設がありません。そのため、ほとんどの障がい者は自宅で家族が介護することになります。この方もお母さんがほぼ一人で介護しています。

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お母さんと一緒に

コミュニケーション困難で、脊柱の変形、四肢の拘縮も著しく、身体もほとんど自分で動かすことができません。

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お母さんが毎日身体を動かしています

私は週1回訪問し、状態の維持目的に全身を動かし、呼吸理学療法などを行っています。小児疾患に関しては日本も同様だと思いますが、この先お母さんが高齢になったら、お母さんにもしものことがあったらどうなってしまうのだろう・・・などと、考えてしまいます。

 

今回の4例は比較的良い環境で生活している方です。日本も同様ですが、大きな障がいを持った後の生活には家族の協力、理解が非常に重要になってきます。チリでも、あまり協力の得られない家族や理解のない介護士が関わっている方はなかなか改善がみられないどころか、徐々に状況が悪化していることも多く苛立ちが隠せません。日本は今では当たり前のように大きな障がいを持った後には様々な「リハビリテーションサービス」が開始されます。市民もそれが「当たり前」になっていると思います。チリは、他の途上国に比べて経済的には裕福になっているものの、医療福祉サービスをみるとまだまだ十分ではなく、このような概念の教育の必要性も感じます。

また、依頼があって訪問するものの、訪問理学療法を実施しないことがあります。その内の何人かは寝たきりではない人なので、このような方には私が訪問するのではなくご自分で私のオフィスに来てもらうようにします。他には認知症が少しずつ進行し家の中は歩けるけど徐々に体力が低下してきている方です。このような方には、地域で開催されている高齢者グループへの参加を促したり、私が訪問するのではなく私のオフィスに来てもらって家から出る機会を増やしてもらいます。日本ではこのような方はデイサービスやデイケア、ショートステイなどのサービスを利用できますが、私が活動しているウアラニェ市にはこのようなサービスはありません。

現在の私の訪問理学療法は市役所のサービスとして行っているため無料です。一般的には、チリで在宅での理学療法を行う場合は、個別で理学療法士に依頼をして実施していることが多いみたいで、理学療法士としても良い収入源になっているみたいです。しかし、貧しい家はそのようなサービスを利用することができないため、家族が実施するか、何もしないか、ということになります。適切なサービスを利用していれば自立しているような方も、家の中で寝たきりになっている障がい者がたくさんいるんだろうと予想することができます。思えば私が10年程前に日本で訪問理学療法を実施していた時にも同様のことがありました。10年以上寝たきりだった元小児麻痺の方が、少しずつ歩行可能になったのを覚えています。現在の日本では、リハビリテーション病院が増え、介護保険サービスが充実し、状況はかなり改善されてきています。チリも少しずつ改善していけばと思うばかりです。

 

 

 

過去の活動報告